大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 平成3年(う)129号 判決 1992年2月06日

本籍

広島県神石郡三和町大字光末四七八番地

住居

広島市中区中島町一〇番二二号藤和平和公園前コープ一一〇一号

会社役員

光末洋一

昭和一九年一〇月三〇日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成三年五月一四日広島地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

検察官 弘津英輔 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件の控訴の趣意は、弁護人橘口文男、同内堀正治(主任)各作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

各所論は、いずれも、要するに、原判決の量刑は重すぎて不当であり、被告人に対してはその刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、本件事案は、書籍及びビデオソフトの販売等を目的として設立された原審相被告人の実質的経営者である被告人が、わいせつの図画であるいわゆる特殊本や特殊ビデオ等の売上の全部または一部を除外し、簿外の仮名預金として蓄積するなどの方法によって所得の一部を秘匿したうえ、昭和六〇年一一月一日から昭和六三年一〇月三一日までの三事業年度分の所得につき虚偽過少の金額を記載した法人税確定申告書を提出して合計一億四〇〇〇万円余りの法人税をほ脱したというものであるところ、その脱税額が多額で、税ほ脱率も通算で約九八パーセントとかなり高く、脱税の方法が計画的で巧妙であること等、本件罪質、罪状に加え、被告人は昭和五八年一二月一六日にわいせつ図画販売目的所持の罪により懲役一年(三年間執行猶予)に処せられ、原判示第一のほ脱行為と同第二のほ脱行為の一部は右執行猶予の期間中に敢行されていること、右の他にもわいせつ図画販売目的所持の罪や道路交通法違反の罪等多数の罰金前科を有しており、日頃から遵法精神が欠如していること等を考え合わせると被告人の責任は軽視できない。

そうすると、被告人が反省していること、本件脱税分を含むこれまでの脱税分につき、被告人が修正申告のうえ本税及び付帯税を納付していること、右会社の営業活動から手を引いていること、家庭事情等所論指摘の被告人のために酌むべき諸事情を十分に考慮しても、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の量刑はやむをえないものであって、重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野孝英 裁判官 相瑞一雄 裁判官 片岡博)

平成三年(う)第一二九号

○ 控訴趣意書

被告人 光末洋一

右の者に対する法人税法違反被告事件について、控訴の趣意を左記のとおり陳述する。

平成三年八月二六日

右被告人弁護人 内堀正法

広島高等裁判所第一部 御中

一、原判決の刑の量定不当であると思料する。

原判決は被告人につき法人税法違反の罪を認定し、被告人を懲役一年(罰金三五〇〇万円)の実刑に処しているが、右量刑は以下述べる情状を考慮すると不当であり、右懲役刑については執行猶予を付せられるべき事案と思料する。

二、本件の情状

(一)、被告人は、本件発覚以来素直に所得秘匿の状況を述べたのみならず、収税官吏の把握し難い所得ついても進んでその方法・金額について延べ、本件犯行全体の確定を容易ならしめている。

本件は脱漏金額の割には物証が乏しい事案であったが、被告人は当初から所得調査には正直に対応するとの基本態度で臨んでおり、物証である裏ビデオ売上ノート・資金繰ノート等から売上除外金額を解明する仕方についても進んで供述をしている。特に仕入商品に対応する売上金額の確定については、収税官吏において諸資料に基づき仕入勘定調査表を作成したものの一部仕入商品に対応する売上単価が物証から判明しないものが生じたのであるが、被告人は進んでその解明をなし、収税官吏はその結論に対し真実を述べていると評価している。その他雑損失の計算・特種ビデオテープの簿外仕入に対応する売上金額の確定についてもその詳細について供述し、同じく収税官吏から真実なものであると評価を得ている。

(二)、本件の犯行の態容は、仕入及び売上の除外という単純な方法によるものであり、手段・方法についてその犯情は軽微である。

御高承の如くこの種事犯には、仕入売上については一応すべて公表帳簿に記入するが、その間において注文書・受注書・請求書・領収証その他関係書類ワンセットを作成し架空取引を介在させたり、或いはその給料その他の架空経費を計上する等して事案を複雑化し、不正の発覚を困難ならしめるものが多いと言える。このような手口は、そのような不正手段を積極的に用いているだけに知能犯的とも言える。本件については、一部仕入の脱漏はあったもののそれは本来脱税を目的としたものではなく、その手段は主として売上の除外という単純な方法によったものであり、また売上除外という物証が存在し難い部分については被告人が積極的に解明に当たっているという事情を考えると、その犯情は軽微と言える。

(三) 本件の動機についても斟量の余地がある。

被告人は昭和四二年に早く社会人として活躍したいと思い大学を中退し、中央書店に勤め営業担当として人一倍働き、小さな書店をして広島市一とも言える大書店に発展させるに至った功績の相当部分を担当したと言っても過言ではない働き者である。ついて、あさい書籍販売株式会社に転職し、昭和五一年四月に清水市に有限会社南風プロモーションを設立し出版事業を手がけたが、社会の変化により倒産した。その後、実母一人を広島市に残していたので帰広して商売をすることにし、昭和五四年から観音町でセントラル書房を開店し、その後販売店も増やし法人成もし、その間の所得について今回の脱漏をしたものである。

右の次第で、被告人としては自分の事業が社会の変化により何時やっていけなくなるかも知れないとして不安定感が根本にあること(どのような事業についてもその不安はあるが、被告人の事業については一般と異質の不安)からいつ事業中止という事態になっても対応できるようにという気持から本件に至ったものであり、被告人の心情は先に実際に倒産という浮目にあっているだけに深刻なものがあった。

三、被告人の心境

被告人の現在の心境をそのまま率直に言うと、悪い事をしました、自分の行為についてはただ頭を下げるのみです、税金も重加算税を払います、ただ家には年老いた母もおり、妻や未成年の子供もおり、今後は真面目にやりますので御寛大な処分をお願いしますという事である。

一方弁護人の意見としては、所謂脱税犯のうち直接税違反は未だ自然犯と法定犯との狭間にあると言える。自営業者のうち厳密に解釈すれば脱税が無いものは無いと言えるし、大企業は色んな方法により節税をしているというのが実情であると思われる。

一方国としては、直接税違反については重い重加算税を課することにより脱税そのものに対する厳しい制裁を規定しており、勿論本件においてもそれを課し、且つ徴収も終わっており脱税に対する一つの重大な制裁は済んでいる。

四、結論

右の事情と前項で述べた諸情状を考慮すると、被告人に対し実刑を科した原判決は量刑不当と思料し控訴に及んだものである。

平成三年(う)第一二九号

○ 控訴趣意書

被告人 光末洋一

右の者に対する法人税法違反被告事件について、控訴の趣意は次のとおりである。

一、原判決の刑の量定は、甚だしく不当であって、これを破棄して刑の執行を猶予するのが相当である。以下、この理由を説明する。

1. 被告人は、広島特価図書販売有限会社関係分も併せて本件脱税に係る税金分その他課税を直ちに支払っている。

原審当時、法人県民税、事業税の延滞税分二七、三四二、〇〇〇円の更正決定が未通知であったため、これが未払いとなっていた。しかし、被告人は、その余のほぼ全額に近い税金を直ちに支払った。

なお、被告人が原審段階で完済していた税金額は、本件公訴に係る免脱税金のほか、弁疎第二の一、二のとおり、昭和五九年度および同六三年度の各法人税、昭和五九年度から同六三年度までの県・市民税等並びに昭和六一年度から同六三年度までの個人申告所得税等を含む合計六億八千三百二五万二千円であった。

そして、その後、右未払い分の更正決定通知があったから、被告人は直ちにこれを支払った。

従って、被告人は現在の時点で、総額七億一千五九万四千円を完済している。

このように、被告人は大変に高額な税金を直ちに支払って、自己の非違に対する反省と改悛を現実の行為と態度で示している。

2. この税金支払いのため、被告人は過去において収入し、所得した金員を全て税金支払いに充当したほか、不足分を他から借りなければならなかった。その結果、被告人は裸一貫の現状にある。このことは、既に、被告人が国家・社会的に制裁を受け、かつ贖罪していると言えるのではないだろうか。

3.前記のとおり、被告人は本件に係る税金等を完済して、反省と改悛の心情を示しているが、被告人のこの反省と改悛の心情は本件捜査の当初から顕著であった。

すなわち、被告人は捜査の当初から捜査機関の捜査に協力し、事件関係者に対して捜査に協力するように話し、自らも進んで素直に本件を自供しているのである。

4. 被告人は本件犯行の動機について、多くの被雇用者を抱えた事業経営者として、殊にこの種ビデオ等販売事業に係わる事業経営者としては事業経営の将来に不安を覚え、その将来の経営不振に備えて所謂裏金を作り、貯えておこうという出来心からであったと率直に説明してる。

一般的に事業経営者は多くの被雇用者を抱えて将来の経営不振等を考え、不安を覚えるものであり、そのため、種々の方策を措置をとるものである。

とくに、被告人の場合、事業開始の頃、新風俗営業法の施行が云々されていたということもあって、被告人は事業経営の将来に強い不安を感じていたというが、無理からぬ事情があったと言える。

現実の問題として、公訴事実は記載のとおり、昭和六〇年度から同六一年度、同六二年度へと各年度所得金額が激減している。この現実の事実は、被告人の右不安が単なる弁解でなく、真実の心情を語るものであることを証明している。

このように、被告人は当初、事業経営の将来の不安に備えて、脱税による裏資金を作ろうという出来心から、事業収入のうちピンハネをすることによって、本件犯行を始めたというものである。この点、被告人は遊興等享楽のための裏金を作ろうとしたものではなく、また、当初はこれほどの高額化を考えていたわけではなく、高額化すると思っていなかったのである。被告人は、当初は、漠然とした将来の不安から「出来心」から始めたものである。

5. 本件犯行の態様は、売り上げの一部を、例えば売上五〇〇〇円のところを三〇〇〇円とレヂに打って二〇〇〇円を隠すとか、一日一五万円の売上でレヂを打ち止め、その余の売上金を隠す等のことである。態様においては極めて単純、原始的である。

ただ、このような単純かつ原始的な方法で、しかも当初は出来心から始めたことが、意外に商品の売れ行きがよかったため、裏金が高額化してしまうという結果を招いてしまったのである。このことは、被告人の供述調書のなかに、被告人が高額の裏金の隠し場所に困り果てるという悲喜劇のくだりを読むと明らかである。

6. 被告人は、前記のとおり、本件については自己の非違を十分に反省しかつ改悛しているところ、本件脱税分の支払いをほぼ完済した段階で、前記広島特価図書販売有限会社に対しても責任をとり、代表取締役を退任した。そして、同会社は新しい代表取締役のもとに、まっとうなビデオショップの営業を開始して再起することとなった。

他方、被告人は新しく不動産売買の事業を始めて、再起しようとしている。

そして、被告人の今後の監督については、原審の証人奥澤、被告人の妻の各証言にあるとおり、彼らが責任を持って、被告人を指導、監督することは間違いないところである。

7. 被告人の人柄、性格等は、右各証人の証言のとおり、良好であり、また、被告人が前記のとおり、十分に反省、改悛しており、かつ更生を誓約しているから、必ず更生の約束を実現するものとかんがえられる。いわんや、再犯のおそれは全くない。

8. 被告人は老母、妻子五人の大黒柱であり、その資産や収入は前記のとおり無い状態であるから、被告人が実刑を科せられるということになると、一家は忽ちに路頭に迷うことになるのは明らかである。

なお、被告人の前科の執行猶予期間は満了している。

以上、諸般情状を御勘案の上、今回に限って被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当と考える。よって、原審の量刑は甚だしく不当であるから、本件控訴を申立てた次第である。

平成三年七月二四日

被告人弁護人 樋口文男

広島高等裁判所第一部 御中

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例